診断士の視点

「暮らすように旅する」旅行スタイルを支えるインフラとは

2023.08.25 投稿峠岡 伸行

「暮らすように旅する」旅行スタイルを支えるインフラとは

 先日、JTBの通販サイト「旅物語」が募集するツアー「暮らすように旅するクアラルンプール6日間」に参加してきました。
内容は、羽田発着のANA便エコノミークラスとクアラルンプールのスィートタイプのホテル4泊が付いたもので、空港への送迎の際に少しだけ市内観光がセットされているものの、ほとんどフリータイムとなっています。
 コロナ開けで、海外旅行に行きたいと考えていたところに格安なプランが見つかったので、「即申込み」と思ったのですが、マレーシア入国の際には190日以上のパスポートの有効期限が必要ということがわかり、自分のパスポートを急いで取り直すといったドタバタはありましたが、久しぶりの海外旅行を楽しむことができました。
 マレーシアには、以前、診断士協会の海外視察で一度訪問をし、クアラルンプール中心部に3泊したことがあり、ある程度街の雰囲気はわかっていたのでこのコースを選んだということもありますが、観光メインのツアーだと移動時間が長く、朝早く起きて荷物を詰め直す手間を考えると、“自分で時間を決めることができ、好きなものが食べられるフリータイムが中心の旅行”の方が日本人旅行者の中でも主流になっているのは、当然の流れのように思います。
 先日、インバウンド客向けのマーケティングを行っている方の講演を聞いた際に、海外では8割の方が自分で飛行機やホテルを手配するスタイル(Free Individual Traveler)に変化していて、魅力的な観光対象を見つけても、そこで宿泊施設が見つからなければ訪問を諦めることになっている、と話されていました。
それだけ、ホームページやインスタグラムでの情報発信が重要になっていて、宿泊予約サイトなどへの登録も必要になっているということでしょう。
 さて、「暮らすように旅する」をキーワードにAMAZONで本を検索すると、ヨーロッパ各都市の紹介本を中心にたくさん出てきます。
古くは1980年代のものもありますが、この10年くらいで出版されたものが多くみられ、つまり、「暮らすように旅する」旅行スタイルは既に当たり前の時代になっていた、ということでしょう。
 観光産業化研究会では、地域における観光振興の目的は、「産業としての育成による雇用の場の創出や観光訪問を入り口にして将来的に地域に住む人を増やすこと」と定め、現代のニーズを踏まえた県内の各地域毎に観光活性化の具体策について提案を行ってきていますが、将来的な移住の入り口として「暮らすように旅する」旅行プランの提案が必要とされているのではないかと感じます。
 生活にとって必要なものは「衣・食・住」ですが、滞在型旅行の視点で考えると、観光や訪問目的となる対象の魅力はもちろんですが、「宿泊・飲食・移動手段」の3つのインフラの充実が必要ではないでしょうか。

(1)宿泊
 中長期の滞在を考えると「宿泊する施設」は旅行の目的地を決める際に大きな要素となります。
海外の富裕層であれば、高級旅館に何連泊というのもあるかもしれませんが、国内の家族連れや夫婦二人での旅行の場合は、ある程度の空間の自由度があれば、料金は安い方がよいと考える方が多いのではないでしょうか。
 実際、今回のマレーシアでも同じホテルに4連泊しましたが、部屋の構成が、ベッドルーム、バス(浴槽付)・トイレ、リビングルーム・キッチン、ウォークインクローゼットと広めの1LDKマンションと同じサイズとなっていて、長期滞在者向けのレジデンスとしても貸し出されていました。
ショッピングモールや飲食街に近い中心部に立地している割には、1泊の料金もリーズナブルな価格に抑えられている印象です。
 以前、観光産業化研究会で小浜市を訪問した際に、(株)まちづくり小浜が、街なかの古民家を数軒改装して、宿泊施設として整備していましたが、このような日常生活と同じような空間が提供されることで、中長期滞在にも対応できる宿泊施設となり、このような宿泊施設がある程度整備、提供されることで中長期滞在の旅行を検討するファミリー層や外国人も増えるのではないかと考えます。
 もちろん、福井県内を長期に楽しむとなれば、温泉旅館での宿泊もできますし、公共の宿や料理メインの民宿という選択もできますので、選択の幅が増える、リーズナブルに中長期滞在できる場所があることで、福井県各地域で過ごす時間が増えることにつながるのではないでしょうか。
 福井県内でもいくつかのホテルが建設されつつありますが、地域を楽しむための宿泊施設という面では少ないように感じますので、小浜市の事例のように、空き家を借り上げて改装し、街なかの宿泊施設として提供していくことで、改装工事増や宿泊者増による地域での消費増などの経済効果を生み出す仕組みとして、地域の魅力発信とともに取り組んではどうでしょうか。

(2)飲食
 次に、飲食についてですが、旅の楽しみは、その土地ならではの郷土料理の体験です。
しかし、中長期の滞在となればそればかりでは飽きてしまいます。
ある程度のバラエティと品質が求められますし、道の駅などで地元の新鮮な食材も手に入りますので、宿泊施設にキッチンがあると良い理由はこんなところにもあります。
 今回のマレーシアでも、さすがに4日間をマレー料理で過ごすわけにはいかず、中華料理やイタリア料理、歩き疲れた日にはお好み焼きを買ってホテルで食べるなどいろんな選択肢があることで、中長期の滞在を楽しく過ごすことができました。
東南アジアは、欧米に比べサービス価格がまだ高くなっていないので、日本と同じレベルの食事が同じくらいの値段で楽しむことができるのが、円安の中で人気を集めている理由かもしれません。
 実は、事前にネットで調べたお店やカフェを活用しようと準備していたのですが、結局は、安心して入れるショッピングモール内のお店を多く利用してしまいました。
 多くの旅行者は、国内を含めて旅行をする際に、飲食店紹介サイトや他の旅行者が投降したSNSのサイトを見て、食事場所探しやお店選びをしている方も多いのではないでしょうか。
 しかし、福井県内を見ても、地域の美味しい食堂や居酒屋の情報は、あまり発信されていないようにも感じます(そんなに詳しく調べていないのですが)。
グルナビや食べログのサイトに掲載している福井県内店舗はまだまだ少なく、検索しても全国チェーンの居酒屋などが上位に並んでいます。
 自分が旅行に行く際に活用している情報が、地元から発信されていなければ、当然、その地域を訪問する観光客や滞在客が少なくなるのは当たり前。
お店自身が積極的に有料のサイトに掲載しないとすれば、地域の皆さんがSNSを利用して発信していくことも必要になると考えます。
 もちろん、中長期の滞在となれば、地域住民との触れ合いがある飲食店に行ってみたい、いろんな話を聞きたい、という旅行者も多くいると思いますので、そんな地元客が集まるお店の紹介もあると、その地域への興味が沸いてくるのではないでしょうか。

(3)移動手段
 今回、クアラルンプールで一番強く感じたのが、交通機関の発達とその安さです。
東南アジアでは、日本に比べタクシー代が非常に安く感じますが、クアラルンプールでは都市内を巡るモノレールや鉄道網が充実していることに加え、一乗車100円程度(一駅区間だと30円程度)と日本では考えられない安さでした。
 ターミナルとなるKLセントラル駅、繁華街のブキッビンタン、観光地のムルデカ広場やバツー洞窟、チャイナタウンやツインタワーのあるKLCCなどが鉄道で結ばれていて、通勤だけでなく中長期滞在者の足となっていて、多くの観光訪問客にも活用されています。
 日本でも、東京や大阪などはJRと地下鉄を併せて相当な移動手段のネットワークが提供されていますが、地方都市になると観光コンテンツはあっても移動手段がないことや頻度が少ないことで、訪問を諦めるケースもあるのではないでしょうか。
 福井県内でも、JRの在来線、えちぜん鉄道、福井鉄道の南北方向の鉄路と、各駅からのスポークのように広がる京福や福井鉄道のバス路線(コミュニティバスもありますが)が広がっていますが、頻度が低いことと料金が都市部に比べて高いことがネックとなり、更に活用されにくい状況になっているように感じます。
 数年前にイタリアのローマを訪問した際に、「ローマパス」という地下鉄・バスの乗り放題に観光施設の入場無料サービスのついたカードを購入したことがありました。
ローマに2泊する旅で48時間パスを購入し、地下鉄を利用してコロッセオとフォロロマーノを無料で観光(コロッセオでは並ばずに入れるファストパスとしても使えます)しました。
ローマ市内の美術館や博物館のいずれか1つが無料で、2か所目からは割引が受けられるもので、個人旅行には使い勝手が良かったことを覚えています。
 福井県内でも、鉄道会社が1日乗り放題切符を発行していますが、観光施設等の入場料を含んだ鉄道・バスの2~3日間の乗り放題企画切符があると、少し時間を待ってでも鉄道やバスを利用しようとする旅行者が増え、さらに中長期の滞在に繋げることができるのではないでしょうか。
 それに加えて、観光施設の周辺を含めた楽しみ方を提案していくことで、その地域での滞在時間をふやすことができれば、地域での観光消費を増やすことにもつながりますし、交通機関の待ち時間を長く感じることもなくなり、高頻度での運行への要請も軽減させていくことができると考えます。
 そこで必要なのが、「暮らすように旅する」ための地域マニュアルとなる情報です。
 先ほど写真でも紹介した「パリでしたい100のこと、大好きな街を暮らすように楽しむ旅」(自由国民社)では、パリの基本情報はもとより、①パリの日常を見に行く、②おいしいものを好きなだけいただく、③わたしだけのとっておきを見つけに行く、④ずっと忘れない体験をする、の4項目に分けて、100の行くべき、体験すべきスポットを紹介しています。
 このように紹介されれば、興味の沸くスポットに行ってみたい、体験してみたいと感じるのは当然でしょうし、その数が多ければ訪問動機も高まりますし、滞在期間も長くなっていくと考えられます。
皆さんの地域でも、こんなコンテンツを100掘り起こせれば、「暮らすように旅する」目的地として立候補できるのではないでしょうか。
 もちろん、地域での楽しみ方を伝えるのは、地域の皆さんしかいませんので、実際に地域を訪れた旅行客に向けた地域ガイドの活躍の場面はますます増えていくでしょう。

(4)旅のスタイル変化への対応
 欧米の旅行スタイルは、ウェブサイトの発達によって既に個人手配の一か所中長期滞在型かジャパンレイルパスを利用した多地域訪問型になっています。
 日本でもこのような傾向が増えていて、観光バスでできるだけ多くのスポットを訪問するよりも、“自分で時間の使い方を決められる旅”へと変化してきています。
そのような旅のスタイルの変化に対応して、地域で提供される観光コンテンツも、提案の仕方を変えていかなくてはいけないと考えます。
 先ほど紹介したマーケティングの専門家の方の講演でも、「福井県が東尋坊の夕日を観光資源として押しているにも関わらず、日没の時間には土産物店や飲食店が全て閉まっているのは、ちぐはぐな印象を受けた」と述べています。
つまり、「観光客は来るかもしれないが、お金を落とす場所がない」ということで、「観光振興って何のため」という本来の目的が共有されていないと感じたということ。
これは当然、来られた観光客の皆さんにも不満が残りますし、SNSなどを通して伝わってしまうということです。

 10年以上前のことですが、インドネシアのバリ島を訪問した際に、島の南西側にあるタナロット寺院に沈む夕日を見に行ったことがありますが、観光客だけでなく地元の皆さんも多く集まっていて、1時間以上、ひたすら夕日が沈むのを待つという経験をしました。
確かに駐車場から海岸に向かう途中の土産物店は、帰りの時間には閉まっていたのですが、海岸線の崖の上には多くのレストランがあって、観光客が食事をとりながら夕日が沈む時間を楽しんでいる様子が見られました。
 このように自然景観を見る体験なのですが、そこで食事をしながら座って楽しめる場所を設けたことで、経済効果を生み出すことにつながっていますので、東尋坊などでもこんな楽しみ方を提案できると、地域でもナイトタイムエコノミーを生み出すことができると考えます。
 また、過去には、物見遊山型(景勝地を見て回る)の観光が主流でしたが、旅行慣れしてきた現在では、意中の旅館に滞在することが旅行の目的になったり、マラソン大会に参加することが目的になったり、農業体験や陶芸体験で生産物や作品を作ることが目的になったりと、旅の目的は多様化し、宿泊施設や食事など重要視するポイントも多様化しています。
 以前、小浜市の明通寺でインタビューした千葉県の女性グループは、「ネットで興味をもった小浜市にあるオーベルジュに宿泊することを第一目的に福井県への旅行を計画した」と言っていました。
毎回、泊まってみたい宿を見つけて、そこを中心に旅行を計画しているということでした。
とすれば、一つの地域で全てのニーズに対応することは不可能なので、わが地域はどんなことに興味を持つ人に、どんな価値のある体験を提供できるか、を明確に絞って発信していくことで、他地域との差別化になり、地域の新たなファンづくりにつながるのではないでしょうか。
 それが、長期滞在や二地域居住などを通して、将来的に地域への移住につながっていけば、地域経済だけでなくコミュニティの活性化にもつながるものに発展させていくことができるのではないかと考えます。
 「暮らすように旅する」時代に向けた観光コンテンツの発信の仕方、旅を支えるインフラとなる宿泊、飲食、移動手段の整え方には、まだまだ工夫の余地がありますし、まずは地域の魅力と体験してほしいターゲット層を絞り込むことから取り組んではいかがでしょうか。

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